<Black Black two>






 颯爽と、彼女は歩く。石畳の道を歩き、目的の場所へと。
その表情は歓喜に満ち溢れ、内側から輝いているようだ。

「イスターシャ、何がそんなに楽しいんだ」

不意に低い声が響く。イスターシャ以外には聴こえない声。イスターシャは言葉に出さず答える。
「ローディア。久しぶりに練武館に顔を出せるんだ、楽しくないはず無いだろう?…あいつら弱いけど」
「確かに弱いな。特にフレインと言ったか? あいつが最たるものだね、弱すぎる」
ちなみにフレインというのは練武館の門下生で、筋肉隆々の逞しい男ではあるが、如何せん見掛け倒しの感が否めない。
以前イスターシャが練習相手をしたとき、デコピン一発で倒されてしまったのは今でも語り草になっている。
そのときの様子を思い出してイスターシャはクックと笑いを漏らした。
と、途端にローディアが不機嫌な様子で「弱っちぃ奴の相手なんかして何が楽しいんだか」とぼやいた。
「…イスターシャ」ローディアが鋭く警告を発する。
「判ってる」
逃げよう、と小声で囁き、イスターシャは地を蹴り、走り出した。






 目標は、一人でぶつぶつと何事か呟いていると思ったら、急に常人では到底追いつくことも出来ないほどの速さで駆け出した。
(気付かれたか?)
不安が過ぎる。
いや、そんなはずは無い。何しろ私の変身術は完璧なのだから。
そう!これは神が私に与え給うたヒトの世には稀なる力!
そこらの凡人共とは比べ物にならぬこの才知!ふふ…。
「ふはははははははははっ!!」
「…おっさん、大丈夫?」
通りすがりの少女が怪訝な顔で男を見ていた。
正気に戻り、慌てて周囲を見渡すと、いつの間にか彼の周りには人だかりが出来ていた。
皆一様にひそひそと囁きあっている。洩れ聴こえる声の中には「まだ若いのに…」とか「薬でもやってるんじゃないのか?」などという声も。
止めは小さな子供が彼を指差し、「ママー、あのおじちゃん、何やってるの?」「しっ、近づいちゃいけません、変態が感染るわよ!」というある意味お約束のこのパターン。
 そして彼は目標(=イスターシャ)を完全に見失い、三ヶ月の減俸及び彼らの本拠のトイレ掃除一週間を命じられた。






 遠くの方で、アホの様な笑い声が聴こえる。
「…撒いたか?」
「撒いたな」
「というか、勝手に自滅してくれた感が否めないね」
「全くだ」
追っ手がアホで助かった…。
小声でそう呟きイスターシャはその場にへたり込んだ。
「やっぱ帰ろうかな〜」
「折角ここまで出てきたのにか?」
「だってさ、鬱陶しいじゃんかあいつら」
「…だからといって、ずっと籠りっ放しでは黴が生えるぞ」
イスターシャは「うっ」と呻き、唇を尖らせながら、「ローディアの意地悪」とぼやいて、不意に立ち上がった。
「奴が来たぞ」
「判ってるよ」
ローディアの警告に憮然とした表情で返し、イスターシャは腰を落とし、油断無く周囲に気を配る。
間もなく彼方から土煙があがり、
(来た!)
知覚するのが先か、体が動くのが先か。
「ぅおおおおおっ!」
裂帛の気合を放ち、イスターシャは上段に鋭い蹴りを放った。
同時に何か硬いものが当たり、鈍い音を立てながら空の彼方へ吹き飛んでいった。
「…ホームラーン」
「ふっ、私にかかればあんな奴」
自慢げに髪をかき上げるイスターシャ。そんな彼女にローディアは歯切れの悪い返答を寄越す。
「だが…」
「何さ」
「あいつ、何か持ってきてたんじゃないのか?」
(しまった、前頼んでた本!)


本日の教訓:後悔先に立たず







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―あとがき―
はい、3話目です。展開が速いっつーか、訳が分からんというか。
自分でも細かい設定をしてないものですからこの後どうしようか迷っています。
設定…やっとこうかな……。